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東京地方裁判所 平成元年(ワ)8816号 判決 1991年5月17日

原告

野田よしみ

野田武正

野田美智江

右原告ら訴訟代理人弁護士

平井嘉春

被告

西鉄運輸株式会社

右代表者代表取締役

林田陽一郎

右被告訴訟代理人弁護士

長谷川久二

被告

簗瀬絹子

簗瀬智子

右被告ら訴訟代理人弁護士

出牛徹郎

高野典子

被告

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

江頭郁生

右被告訴訟代理人弁護士

高崎尚志

君山利男

主文

一  被告西鉄運輸株式会社は、原告野田よしみに対し五〇三万六四一三円、原告野田武正に対し二五一万八二〇六円及び原告野田美智江に対し二五一万八二〇六円並びに原告野田よしみについては内金四六三万六四一三円につき、原告野田武正については内金二三一万八二〇六円につき及び原告野田美智江については内金二三一万八二〇六円につき、それぞれ昭和六三年八月二七日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らの被告西鉄運輸株式会社に対するその余の請求並びに被告簗瀬絹子、被告簗瀬智子及び被告日動火災海上保険株式会社に対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告西鉄運輸株式会社の負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告西鉄運輸株式会社(以下「被告西鉄運輸」という。)、被告簗瀬絹子(以下「被告絹子」という。)及び被告簗瀬智子(以下「被告智子」という。)は、各自、原告野田よしみ(以下「原告よしみ」という。)に対し二一三六万七六七一円、原告野田武正(以下「原告武正」という。)に対し一〇六八万三八三五円、原告野田美智江(以下「原告美智江」という。)に対し一〇六八万三八三五円並びに原告よしみについては内金一八二九万二六七一円につき、原告武正については内金九一四万六三三五円につき及び原告美智江については内金九一四万六三三五円につき、それぞれ昭和六三年八月二七日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  被告日動火災海上保険株式会社(以下「被告日動火災」という。)は、原告よしみに対し一二五〇万円、原告武正に対し六二五万円及び原告美智江に対し六二五万円並びにこれらに対する平成元年七月一八日からそれぞれ支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

A  被告西鉄運輸

1 原告らの被告西鉄運輸に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

B  被告絹子及び被告智子

1 原告らの被告絹子及び被告智子に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

C  被告日動火災

1 原告らの被告日動火災に対する請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求の原因

一  本件事故の発生

1  日時 昭和六三年八月二七日午前三時四五分ころ

2  場所 宮城県黒川郡大和町落合蒜袋字沢目四〇番地先東北縦貫自動車道下り線

3  事故車両と運転者

(一) 普通乗用自動車(群五八て二二五三、以下「簗瀬車」という。)

右運転者 被告智子

(二) 大型貨物自動車(広島一一う一七二三、以下「西鉄車」という。)

右運転者 訴外末次武(以下「訴外末次」という。)

(三) 普通乗用自動車(宮三三さ五三九三、以下「野田車」という。)

右運転者 野田武志(以下「亡武志」という。)

4  事故態様

(一) 被告智子は、簗瀬車を運転して本件事故現場付近に差し掛かった際、同現場付近が当時かなりの雨で路面に水しぶきが上がる湿潤状態にあったところ、水溜まりの轍に入り、そこから出ようとしてハンドルを右に切り、蛇行した。

(二) 訴外末次は、西鉄車を運転して、簗瀬車に後続していたが、簗瀬車が蛇行したのを見て、進路変更をしたところ、簗瀬車が走行車線から追越車線寄りに出て来たため、簗瀬車と約一〇六メートルの距離があったにもかかわらず、あわてて急ブレーキを掛け、約四五メートル先方の中央分離帯ガードレールに衝突し、さらに一七メートル余り先方で中央分離帯に衝突して横転し、下り追越し車線上に、西鉄車の前部を反対方向(上り方面)に向けて停車した。

(三) 亡武志は、野田車を運転して走行中、本件現場で横転していた西鉄車の左前部に衝突し、これにより亡武志は肺損傷、腸管損傷で即死した。

二  責任原因

1  被告西鉄運輸は西鉄車の所有者であり、被告絹子は簗瀬車の所有者であり、いずれも当該車両を自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条にもとづき原告らの損害を賠償すべき責任がある。

2  被告智子は、簗瀬車を運転し、訴外末次の運転する西鉄車に先行して走行していたから、先行車両の運転者として、進路変更の禁止(道交法二六条の二)、安全運転の義務(道交法七〇条)があるのに、これに違反し、蛇行して進路を変更したため、訴外末次が追突を避けようとして急ブレーキを掛けたことから横転したもので、蛇行運転と横転との間に因果関係があり、亡武志が横転した西鉄車に追突したのであるから、被告智子は、民法七〇九条にもとづき原告らの損害を賠償すべき責任がある。

3  被告日動火災は、被告絹子との間で自賠責保険契約を結んでいるから、自賠法一六条にもとづき本件事故による損害賠償額の支払義務がある。

三  損害

1  逸失利益 五九一七万七三〇〇円

亡武志は、本件事故当時五〇歳で、年七〇〇万円の所得があったから、生活費控除率を三割、稼働可能年数を六七歳までの一七年とし、ホフマン方式・係数12.077で逸失利益の原価を算定すると五九一七万七三〇〇円となる。

2  慰謝料 二五〇〇万円

3  死体検査費用等 一九万四八五〇円

4  葬儀費用等 三六〇万六九一〇円

5  以上損害額合計 八七九七万九〇六〇円

四  相続

原告よしみは亡武志の妻、原告武正は長男、原告美智江は長女であり、亡武志の損害賠償請求権を法定相続する地位にあるところ、前記損害額合計八七九七万九〇六〇円につき三割を過失相殺して、その七割に当たる六一五八万五三四二円を亡武志の請求金額とし、原告らが法定相続分に従い相続した。

相続後損害額

原告よしみ 三〇七九万二六七一円

原告武正及び原告美智江 各一五三九万七五〇〇円

五  弁護士費用

原告よしみ 三〇七万五〇〇〇円

原告武正及び原告美智江 各一五三万七五〇〇円

六  填補

原告らは、訴外朝日火災海上保険株式会社から自賠責保険金として二五〇〇万円の支払いを受け、これを原告よしみが一二五〇万円、原告武正及び原告美智江が各六二五万円をそれぞれ取得した。

填補額控除後損害額

原告よしみ 二一三六万七六七一円

原告武正及び原告美智江 各一〇六八万三八三五円

七  よって、被告西鉄運輸、被告絹子及び被告智子が、各自、原告よしみに対して二一三六万七六七一円、原告武正及び原告美智江に対して各一〇六八万三八三五円並びに原告よしみについては内金一八二九万二六七一円につき、原告武正及び原告美智江については各内金九一四万六三三五円につき、それぞれ本件事故日である昭和六三年八月二七日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いをすることを求め、被告日動火災が、自賠責保険限度額二五〇〇万円から、原告よしみに対して一二五〇万円、原告武正及び原告美智江に対して各六二五万円並びにこれに対する本件訴状の送達の翌日である平成元年七月一八日から支払い済みまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払いをすることを求める。

第三  請求の原因に対する認否

A  被告西鉄運輸

一  請求の原因一項については、1ないし3は認め、4のうち、簗瀬車との追突を避けようとした西鉄車が中央分離帯に衝突して横転し、停止したところへ、野田車が追突し、亡武志が死亡したことは認めるが、その余は争う。

二  同二項については、被告西鉄運輸が西鉄車を所有していることは認め、その余は争う。

三  同三項ないし同五項については不知ないし争う。

四  同七項については争う。

B  被告絹子及び被告智子

一  請求の原因一項については、1ないし3は認め、4のうち(一)及び(三)は認め、(二)は知らない。

二  同二項については、被告絹子が簗瀬車の所有者であること、被告智子が簗瀬車を運転していたこと、被告絹子と被告日動火災との間で自賠責保険契約を結んでいたことは認めるが、被告智子の過失は否認し、被告絹子及び被告智子の賠償責任、損害額支払義務は否認する。本件事故は、被告智子の運転との間に因果関係を有せず、被告絹子及び被告智子は本件事故につき賠償責任を負わない。

三  同三項ないし同五項については知らない。

四  同七項については争う。

C  被告日動火災

一  請求の原因一項については、1ないし3は認める。

二  同二項については、被告絹子が簗瀬車の所有者であり運行供用者であることは認めるが、その責任は否認し、被告智子の過失は否認し、被告智子の不法行為責任は否認し、被告日動火災と被告絹子との間の自賠責保険契約の存在は認めるが、その支払義務については否認する。本件事故は、被告智子の運転との間に因果関係が存在しない。

三  同三項ないし同五項については知らない。

四  同七項については争う。

第四  抗弁

A  被告西鉄運輸

一  免責

本件事故は、野田車を運転していた亡武志の前方不注視、安全運転義務違反と簗瀬車を運転していた被告智子の安全運転義務違反、速度違反等の過失が競合して発生したものである。西鉄車を運転していた訴外末次は、簗瀬車の突然の異常走行を確認し、簗瀬車との事故を回避するための措置を取った結果横転し、追越車線上で停止することになったのものであって、訴外末次は、横転及び停止について何らの過失もない。さらに、訴外末次は、車内に閉じ込められており、後続車に対する事故回避措置を取ることは期待できず、不可能であった。また、西鉄車には、車両の構造上欠陥はなく、機能上も障害はなかった。よって、被告西鉄運輸は自賠責法三条但書により免責である。

二  仮に責任があるとしても、亡武志には前方不注視等の過失があり、過失相殺すべきである。

B  被告絹子及び被告智子

野田車については制動痕跡が見られず、制限速度を超える時速一〇〇キロメートルで走行してきて西鉄車に衝突したもので、亡武志の前方不注視による衝突であるから、亡武志には相当程度の過失があり、過失相殺すべきである。

第五  抗弁に対する原告らの主張

一  本件事故は、西鉄車を運転していた訴外末次が、夜間かつ雨が降って見通しが特に悪い状況にあったのであるから、車間距離を充分に確保するとか、速度を減じてブレーキを掛けても横転することのないように安全運転をすべきであったのに、これを順守せず、簗瀬車の蛇行を目撃したとき、西鉄車との距離が一〇六メートルあったのであるから、急ブレーキを掛けることなく、ブレーキとハンドルの操作を的確に行っていたら、西鉄車の横転は避けられる状況にあったのに、安易に急ブレーキを掛けて横転させてしまった点に安全運転の義務の違反(道交法七〇条)、急ブレーキの禁止に違反(道交法二四条)している過失がある。さらに、高速道路上で車を横転させていることは大変危険なことであるから、このような場合、後方から進行してくる車両のため、二〇〇メートルの距離から前照灯で照して、その反射光を照射位置から容易に確認できる表示器を道路上に置くなどして停止していることを表示する措置を講ずべき注意義務がある(道交法七五条の一一、同法施行令二七条の六、同法施行規則九条の一七)のに、その措置を取らなかった過失があるから、免責の主張は失当である。

二  亡武志は、前方を注視し、横転した西鉄車をはやめに発見し、ハンドル操作を行うなどして追突を回避すべきであったのに、前方注視を充分行わなかった点に過失があるが、被告智子、訴外末次らの過失を亡武志の過失と比較すると、前者らの過失七、亡武志の過失三とみるのが相当である。

第六  証拠<省略>

理由

一<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、ほぼ南北に走る東北縦貫自動車道の大和インターチェンジと古川インターチェンジとの間の宮城県黒川郡大和町落合蒜袋字沢目四〇番地先東北縦貫自動車道下り車線358.8キロポスト付近であり、同所付近は、防護施設のガードレールとフェンス柵により分離された中央分離帯が設けられ、同分離帯によって片側二車線の上り本線車道と下り本線車道に区分され、下り本線車道の西側端には防護施設のガードロープが設置され、約3.0メートル幅の路側帯を経て、本線車道である約3.6メートル幅の走行車線、約3.6メートル幅の追越車線となり、その東側に約0.8メートル幅の路側帯が設けられ、さらに芝生となっており、芝生部分の約0.8メートル幅のところに前記中央分離帯があり、路側帯及び本線車道は共にアスファルト舗装され、それぞれの区分は白色ペイントで表示されている。

本件事故当時、降雨のため本件道路の路面は車両通過時水しぶきの上がる湿潤状態で、走行車線には路側帯から追越車線寄りに幅約0.8メートルの路面をへだてて、幅約0.6メートルの雨水が溜まり、さらに幅約1.1メートルの路面をへだてて、幅約0.7メートルの雨水が溜まり、長い距離にわたり雨水の溜まった二条の帯状の轍掘れが認められ、その深さは約0.2センチメートルである。なお、追越車線には水溜まりは認められない。

本件道路は、ほぼ直線で平坦な所であり、見通しを妨げる設置物はない。本件事故現場付近には街路灯等の照明設備はなく、晴天時の夜間、車両の前照灯を下向きにして前方約47.8メートルの距離を見通すことができ、上向きにして約115.6メートルを見通すことができる。交通規制は、宮城県公安委員会の道路標識による交通規制はなされていないが、雨天時滑走事故防止のための宮城県警察道路交通隊長権限による八〇キロメートル毎時の最高速度制限が道路標識により実施されている。

2  本件道路下り本線車道358.8キロポストの南方約13.3メートルの地点から中央分離帯のガードレールとフェンス柵が東方に約10.0メートル斜に倒れ、その北方の端部は切断され、本件道路上り本線車道上に約2.0メートルはみ出し、同端部から北方約7.6メートルにわたりガードレール及びフェンスが大きく破損していて、同ガードレールには西鉄車が接触、衝突したと認められる真新しい擦過痕及び衝突痕が認められ、中央分離帯が斜に倒れ始めた地点から南方約2.2メートルの芝生上に北方へ約18.9メートルにわたりタイヤが乗り上げたダブルタイヤの痕が認められ、その北端部付近の芝生は、本件道路下り本線車道の追越車線上に土砂と共に飛散し、同飛散物上には、2.1メートル×0.75メートル大のフロントガラス一枚が落下しており、さらにその周辺にはガラス破片や布切れが落下、飛散している。同フロントガラス西端から西方約0.8メートルの地点に、前部を古川インターチェンジ方面に向けた野田車と、前部を大和インターチェンジ方面に向け、車両の左側面を下に横転した西鉄車が正面衝突の状態で停止している。野田車は車両前部ボンネットが折り畳まったような状態で盛り上がり、前部を西鉄車の左前に約1.0メートルめり込ませ、車両全体が右に捩れたような形であり、右前ドア中央部が外に盛り上がる状態に変形し、窓枠も原型をとどめない状態に変形し、窓ガラスは破損して落下している。西鉄車は、運転席を上に、左側面を下にして横転し、左前から約1.0メートル野田車がめり込み、右前端から約五〇センチメートルにわたり衝突痕が認められ、バンパーが凹損し、右前照灯が破損している。なお、本件道路下り本線車道の路面が乾燥した後に、野田車の制動痕等の痕跡の有無について見分されたが、同痕跡は認められていない。

3  簗瀬車の走行状況は、次のような状況である。

被告智子は、簗瀬車を運転し、降雨のため湿潤状態になっている本件道路の走行車線を時速約一〇〇キロメートルで走行していたところ、前方を訴外末次の運転する西鉄車が走行しており、西鉄車の上げる水しぶきが簗瀬車に掛かり、前方の視界も良くないので、本件事故現場手前の大和インターチェンジ付近で加速して追越車線に進路を変更し、時速約一一〇キロメートルで西鉄車の追越しを開始し、西鉄車を追い越してから、被告智子は、ルームミラーやサイドミラーで西鉄車との車間距離が約一五〇メートルになったことを確認した後、追越車線から走行車線に簗瀬車の進路を変更した。

簗瀬車が走行車線に戻ってから少し走行したところ、簗瀬車が前記轍の水溜まりに入り、被告智子は、轍の水溜まりから出ようとして右側にハンドルを切ったところ、ハンドルが効かなくなり、簗瀬車はそのまま滑るように直進し、その後右に少し揺れる形で曲っていき、そのため被告智子がハンドルを左に切ったり右に切ったりして車の態勢を立て直そうとしたところ、車が蛇行しはじめて、右左と約三、四回蛇行し、その途中ブレーキを踏んだため、簗瀬車が反転して走行車線をふさぐような状態で後ろ向き斜めの形で停止した。

簗瀬車は、エンジンが停止したため、被告智子は、エンジンを掛け直し、右側から来る車両の有無について確認しようと右前方を確かめたところ、西鉄車が横転しているのが見えたため、その救助にあたろうと、簗瀬車を逆行させて、西鉄車の北側の追越車線上に停止させた。

4  西鉄車の走行状況は、次のような状況である。

訴外末次は、降雨のため湿潤状態になっている本件道路を、積荷としてタイヤ約七五五〇キログラムを積載している西鉄車を運転し、本件事故現場手前の走行車線を時速約一〇〇キロメートルの速度で走行していたところ、簗瀬車が西鉄車を追い越していった。西鉄車を追い越していった簗瀬車が追越車線から走行車線に進路を変更した後、西鉄車の前方を走行していたが、前方走行車線上約一五〇メートルの地点で左斜めになり、ふらついているのに気が付いた。訴外末次は、危険を感じながらも減速せず、簗瀬車が左側を向き右側が空いていて、他に車両もなかったことから、そのまま時速一〇〇キロメートルの速度で追越車線を通過しようと判断し、追越車線に進路を変更し始めた。ところが、進路変更中の西鉄車が走行車線と追越車線の区画線上に来たとき、前方約一〇六メートルで蛇行していた簗瀬車が、道路中央付近に出てきたため、訴外末次は、驚いて急ブレーキを掛けた。そのため、西鉄車は、そのまま中央分離帯に向かって横滑りし、中央分離帯ガードレール等に西鉄車右前角を衝突させ、芝生部分に乗り上げるなどしたうえ、反対方面に向いて、運転席を上に、左側面を下にして横転し、追越車線上に停止した。

5  西鉄車の横転に気が付いた被告智子、簗瀬車に同乗していた訴外新井久美及び加古和昭は、西鉄車の救助にあたり、被告智子は、大和インターチェンジ寄りで西鉄車の前に立ち、西鉄車後方から走行してくる車両に対して危険を知らせるため、白っぽい色の傘をひろげて合図していた。西鉄車が横転した後、約四、五分の間、約一〇台の車両が西鉄車の側方を安全に通過していったものの、時速一〇〇キロメートルの速度で本件道路の追越車線を走行してきた亡武志の運転する野田車が、西鉄車の二〇ないし三〇メートル先から徐々に走行車線に寄ってはきたが、そのまま横転していた西鉄車左前角付近に衝突し、野田車の助手席に乗っていた訴外小林昌次が傷害を負い、運転席の亡武志が内蔵破裂で死亡した。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は<証拠>などに照らして措信できない。

二責任原因

1  被告西鉄運輸につき

前記認定事実によれば、本件事故は、西鉄車を運転していた訴外末次が、降雨のため路面が湿潤状態にあり、滑走しやすい状況であったから、雨天時滑走防止のための最高速度制限八〇キロメートル毎時の速度を守ることはもとより速度を減じてブレーキを掛けても横滑りなどしないように安全運転すべきであったのに、時速約一〇〇キロメートルで走行し、簗瀬車の蛇行を目撃したときに、簗瀬車と西鉄車との距離が約一五〇メートルあったのであるから、直ちに減速して不測の状況に対応できるようにすべきところ、これを怠り、さらに、急ブレーキを掛けたとき、西鉄車との距離が約一〇六メートルあったのであるから、進路変更途中で急ブレーキを掛けることは横滑りなどの危険があるので、ブレーキ、ハンドル操作を的確にして簗瀬車との衝突の危険を避けるとともに、西鉄車が横滑りしないようにすべきであったのに、進路変更の途中で、急ブレーキを掛けて横滑りさせたうえ横転させた過失があるから、被告西鉄運輸は、本件事故により原告らが被った後記損害を賠償すべき責任がある。

2  被告絹子、被告智子及び被告日動火災につき

前記認定によれば、本件事故においては、訴外末次は、蛇行している簗瀬車を前方約一五〇メートルの地点に認めたが、減速ないし停止等して簗瀬車との衝突等の危険を避けることなく、追越車線を走行して簗瀬車を避けようと考え、時速一〇〇キロメートルのまま走行車線から追越車線に進路を変更していたところ、前方約一〇六メートルの地点で、簗瀬車が車道中央付近に出てきたため、驚いて訴外末次が進路変更途中で急ブレーキを掛けたことから横滑りし、ガードレール等に衝突したうえ横転したものであり、蛇行した簗瀬車と横転した西鉄車とが直接接触した事実はない。

事故の発生において、行為者のある行為と結果との間に自然的因果関係が存在しても、それだけで行為者が結果に対して責任を負うわけではなく、事故の推移を一般的に類型化して考察し、その種の行為から一定の結果が発生するのが相当である場合に限り、因果関係を認めるのが相当であり、因果関係の立証が、特定の事実が特定の結果を招来した関係にあると是認しえる高度の蓋然性を証明することにあり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることが必要とされていることから、加害者とされる車両と被害者とされる車両との間で衝突ないし接触がない場合においては、加害車両の運行が被害車両の予測を裏切るような常軌を逸したものであって、被害車両が、これによって危険を避けるべき方法を見失ったため不適切な操作をして横転するなど、衝突にも比すべき事態によって横転が生じたものと評価しえる場合に、不法行為の成立要件としての因果関係が存在するものとするのが相当である。

ところで、一般経験則上、本件のように前車が前方約一五〇メートルの地点で蛇行したような場合に、直ちに速度を減ずるなどして危険防止に努めることなく、蛇行している前車の側方を時速一〇〇キロメートルで通過しようとすることは、蛇行車の進路の不安定性を考えれば、通常は危険が増大するので適切な行為とはいえず、また、前車との距離が約一〇六メートルあるような場合に急ブレーキを掛ける必要はなく、他に車両もなかったのであるから通行余地も広くあり、時間的間隔もないわけではない本件では、運転免許を有する注意深い一般人であれば、速度調整のうえハンドル操作で簗瀬車との衝突の危険を回避して安全に走行していくものといえる。車両同士の接近による衝突の恐怖感等から心理的動揺によって急ブレーキを掛けることは間々あるけれども、約一〇六メートルの距離があることなどからして、心理的動揺を受け、適切な対応を思い至らず、やみくもに急ブレーキを掛けなければならないものと一般経験則上はいえない。訴外末次は簗瀬車の蛇行が前方約一五〇メートルの地点に起こっているのを既に認識していることからすれば、簗瀬車の蛇行が訴外末次の急ブレーキを誘発助長する蓋然性が高いものとすることはできず、ひいて簗瀬車の蛇行が 西鉄車の横転をもたらす蓋然性が高いものとすることもできない。西鉄車の横転は訴外末次が、時速約一〇〇キロメートルで進路変更中に不必要に急ブレーキを掛けたという訴外末次のブレーキ操作の不適切等にもとづくものであって、簗瀬車の蛇行との結び付きは、いわば偶然であり、合理的に予見可能な結果とすることはできず、両車の間に衝突にも比すべき事態が存在しているものとはいえない。したがって、被告智子による簗瀬車の蛇行と訴外末次による西鉄車の横転との間に不法行為成立要件としての因果関係はないものとするのが相当である。

三損害

1  逸失利益 四七三五万〇八〇〇円

<証拠>によれば、亡武志は、本件事故当時五〇歳(昭和一二年一一月三日生)で、本件事故に遭わなければ六七歳までの一七年間稼働可能で、その間年七〇〇万円の所得を得ることができたものと認められるから、これを基礎に生活費控除率を四割とし、ライプニッツ方式、係数11.274で算定すると免失利益は四七三五万〇八〇〇円と認められる。

2  慰謝料 二〇〇〇万円

亡武志の家族関係、生活状況、年齢、性別、収入等諸事情を考慮し、二〇〇〇万円の慰謝料を認めるのが相当である。

3  死体検査費用等 一九万四八五〇円

<証拠>によれば、高橋整形外科医院に対し、診療代、文書料等合計一九万四八五〇円の支払いを要したことが認められる。

4  葬儀費用等 一〇〇万円

<証拠>によれば、亡武志の葬儀が営まれ、多額の費用を要したところ、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用等としては一〇〇万円を認めるのが相当である。

5  以上損害額合計 六八五四万五六五〇円

四過失相殺

野田車については、時速約一〇〇キロメートルで追越車線を走行してきて西鉄車が横転してから約四、五分してから衝突しているが、その間、他の車両約一〇台は西鉄車を避けて通過していったうえ、被告智子が危険を知らせる合図をしていたことなどからして、亡武志の前方不注視の過失も少なくなく、その五割を過失相殺するのが相当である。

過失相殺後損害額合計 三四二七万二八二五円

五相続

弁論の全趣旨によれば、原告らは法定相続分に従い相続したことが認められる。

相続後損害額

原告よしみ 一七一三万六四一三円

原告武正及び原告美智江 各八五六万八二〇六円

六填補 二五〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは法定相続分の割合で填補したことが認められる。

填補後損害額

原告よしみ 四六三万六四一三円

原告武正及び原告美智江 各二三一万八二〇六円

七弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、原告ら代理人に本件訴訟を委任し、弁護士費用を支払うことを約したことが認められるところ、本件訴訟の審理の経緯、認容額等諸事情によれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告よしみにつき四〇万円、原告武正及び原告美智江につき各二〇万円を認めるのが相当である。

八よって、被告西鉄運輸に対し、原告よしみは五〇三万六四一三円、原告武正及び原告美智江は各二五一万八二〇六円並びに原告よしみは内金四六三万六四一三円につき、原告武正及び原告美智江は各内金二三一万八二〇六円につき、それぞれ本件事故日である昭和六三年八月二七日から各支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこの限度で原告らの請求を認容し、被告西鉄運輸に対するその余の請求並びに被告絹子、被告智子及び被告日動火災に対する請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官原田卓)

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